2016年12月25日

自然とともに生きる

12月からドカ雪の続く北海道。
朝起きて雪深さに途方にくれることもある。
南国の人たちから見たら、何と「無駄なエネルギー」だろうか。
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先日は何十年かぶりにチセヌプリに登った。
世間は交通マヒで大騒ぎする中、呑気と叱られるかもしれないが、
重たい雪にうもれ、吹雪に吹かれながらスノーシューで歩く
道のりは決して呑気なものではなかった。

頂上付近は風が強く見通しが悪く、斜面は凍ってガリガリ、
ベテランガイドが一緒だったので心配はしていなかったが、
素人はこうやって遭難するんだろうなあと想像される。

それでも樹氷の美しさに感動し、
自然の荘厳さ、恐ろしさをひしひしと感じる感覚は
山に夢中になった若い頃と変わらず、とても新鮮だった。
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自分は何でもできると思っていた若い頃の傲慢な自分に、
ほんの少しの風や雨で不安を覚え、圧倒的な自然の偉大さの前で
人間がちっぽけな存在になる経験は、
否応なしに謙虚さを教えてくれる貴重な機会だった。

ピークハンターと呼ばれる人たちは、
その自然を征服する対象として見るのかもしれないが
幸か不幸か体力のない私はハンターにはなれず、
謙虚にならざるを得なかった。

そして、ピークを踏む達成感が絶対だった10代から、
経験を経るごとに次第にプロセスに満足するようになり、
自然の中にいることそのものが楽しいと思えるようになった。
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農業にも同じ感覚がある。
どんなに努力しても、徹夜で頑張っても
生命は一晩で成長したりしない。
雨も太陽も「ありがとうございます」と拝む日もあれば
「勘弁してください」と頭を垂れる対象にもなる。
この雪があってこそ、水と緑の豊かな北海道が形成されているのだ。

昨今では雲を作って雨を降らせるような研究事例もないではないが、
「人事を尽くして天命を待つ」という心境を感じる場面が
人間は必要ではないだろうか。

大雪で今夜は家に入れないかもしれないと思って帰宅したら、
仲間の農家が大型除雪機できれいに雪かきをしてくれていた。
地獄で仏とはこのことだ。
クリスマスには今年活躍してくれた学生たちが集まり、
除雪や屋根の雪下ろしに汗をかいてくれた。
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都会にいた頃は誰かがやってくれた、お金が解決してくれた、
無駄なエネルギーでしかないと思っていた除雪が田舎では死活問題。
自然厳しい土地だからこそ、仲間の暖かさ、つながりの有り難さが
身にしみるこの頃だ。
posted by junka at 00:00| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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